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Profile

後藤 岳 (Takeshi Goto)

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Hospitality & Coaching 代表

1974年生まれ

 

CTIジャパン ファカルティ(コースリーダー)

エグゼクティブ&パーソナルコーチ

聴き書きブックス代表 書き手

 

 

資格:

CPCC(Certified Professional Co-Active Coaching)(2012年)

Co-active Leadership Program(2013年)

CTIジャパン コースリーダー(2015年より)

 

リゾートホテル(旧泉郷プラザホテル蓼科)を経て都内ホテル(ホテル西洋銀座)にてコンシェルジュとして約15年ホスピタリティ業界にて勤務。様々なお客様に丁寧できめ細やかな「おもてなし」を実践してきました。

在職中にコーチングに出会い、CTIジャパンが提供するコーアクティブコーチングを学ぶ 。 そこでコーアクティブ(Co-Active)という『人の在り方』に共感し、またコーチングの関わりによって人の可能性が開いていくのを目の当たりにして、コーチになることを決意。その後資格(CPCC:Certified Professional Co-active Coaching)を取得し、2011年にコーチとして独立。延べ139人のクライアントに対して1630 時間のコーチングを実施(2020年12月末現在)。

 

震災をきっかけに、人の人生の物語を聴いて書き起こす「聴き書き」に出会い、「聴き書きブックス」を立ち上げる。様々な方の人生の物語を聴いてきました(1年半で15人、約540時間)。その体験から、人生の物語のなかにその人らしさ、ユニークさがたくさん詰まっていることを実感し、その聴き書きのエッセンスをコーチングに取り入れることでクライアントさんにとってより自分らしさを発揮できるような独自のコーチングスタイルを確立しています。

 

ご縁を頂いた企業に対してコーチングを活かして、コミュニケーションを中心にした組織変革、チームビルディング、サービスマインドの研修を実施。(スポーツ施設、介護施設、大手飲料メーカー、株式会社野村総合研究所、大手メーカー、大学など。)

 

 

My Story

工夫することが好きな少年時代

体は小柄でいつも並ぶ順番は一番前か二番目。クラスの中では誰とでも分け隔てなく話したり遊んだりする少年でした。野球やサッカーなど体を動かすことが大好きで将来の夢はスポーツ選手。ただ体が小さいのでホームランを打ったり、速いシュートを蹴ることができず、また足も速くありませんでした。

 

そのなかでどうやったら試合で活躍できるかを考えて、ホームランは打てないけれどヒットをたくさん打てるように頑張ったり、速くは走れないけど人よりもたくさん走れるようにと自分なりに工夫をしていました。

 

その結果マラソン大会で一番になるくらい長い距離を走るのは得意になりました。いま思うとこの頃から自分にしかできないことを自然と考えていたのだと思いますし、それを見つけたとき、そしてそこを褒めてもらったときはとても嬉しかったです。

 

それは運動だけでなく、国語の授業で詩を作ったり、美術や工作などは、自分のアイデアを活かせるので大好きな授業でした。一度、小学校4年生の美術の時間に、先生が成績のベスト3をみんなの前で発表したことがありました。

 

私は絵など全く得意ではないので、友達のだれが呼ばれるのか考えていたら、なぜか3位に自分の名前が呼ばれてとても驚きました。(クラス中からもまさかの驚きの声が上がっていました(笑)。)そして選ばれた理由が「後藤くんのはアイデアが面白いんだよね」と言われて、とても嬉しかったのを今でも覚えています。

 

 

 

高校受験での挫折

当時は周りのほとんど全員が塾に行くような環境で、例にもれず私も中学1年生から塾に通っていました。中学3年生になり段々と受験戦争が熱を帯びて周りの友人や両親などの目の色が変わってきました。そんなあるときにその過熱気味の中にいる自分になんとなく恐怖と嫌気がさしてしまい、途端にやる気が失せてしまったのです。

 

案の定、受験をしたすべてに失敗してしまいました。幸いにも都立高校の試験ではグループ合格という制度があり、希望した高校ではなく空きがあるので入れますよということで拾ってもらったような感じで高校が決まりました。(もちろん今になれば、楽しい仲間に出会えて良い思い出がたくさんできたのでよかったと思えていますが。)これが私の最初の挫折でした。

 

いま思えば「なぜこんなに競争するかのようにして勉強をするのか」が納得できなかったのだと思います。それは同時に「何も考えず言われたことをやる」という「流される感覚」に耐えられなかったのだと思います。自分にとっての意味を見つけ出せなかったのです。自分で考えて工夫するということと反対のことにはやはり心と体が動きませんでした。

 

 

大学選びも、就職も「自分ならでは」で選ぶ

大学受験の際にどこの大学を受けるかというときに、周りには経済学部を選ぶ人が多く、当時としては私の周りではそれが普通のことだったのですが、私としては興味が無くまたやはり意味も持てずに同じことするのは面白くないとどこかで思っていたのでしょう。

 

子供のころから家族で山登りをしたり、ボーイスカウトをしていたこともあり自然が好きだったので農学部に進みました。そしてそのまま就職もリゾート業界を選び自然に関わる仕事を選びました。

一流のホテルマンを目指した理由

リゾート業界でのホテルでの仕事が面白くなり、一流のホテルマンを目指して都内のホテルに転職をしました。

 

なぜ「一流」のホテルマンを目指そうと思ったかといいますと、趣味であるフットサルの大会に出場した時に相手チームに元Jリーガーがいました。その選手はたしかに上手いなと思いつつも、「技術はおれとそんなに大きな差がない」と思ったのです。ただ、大きく違ったのは気持ちの強さでした。

 

やっぱり気持ちの強さが大事なんだと思ったのです。そこで初めて自分で自分の可能性を諦めていたことに気付いたのです。これは大きな気づきでした。自分で勝手に限界を設けて、「自分にはできないだろう」と。例えば小さな頃にプロスポーツ選手になりたいという夢を自分自身で持っていましたが、自然と諦めていたのですね。

 

でもそれに気づいたことで、強い気持ちを持って自分がやりたいことをやってみようと想うようになりました。ホテルマンをもっとやってみたいという想いが出た時に、一流のホテルマンを目指してみようと心に決めたのです。

 

 

自然と「その人にしかないもの」に意識が向く

ホテルマンとして接客するなかで、人それぞれ期待していることが異なりそれを理解して、叶えていくことが何よりも面白く感じ、それをもっと究めたいと思うようになりました。

 

それまでの自分の人生で「自分ならでは」という自分にしかないものを見つけて、工夫してきたように、相手に対してもその人だけの願い=「その人しかないもの」を見つけていくことが何よりも楽しいと感じていましたし、自然と意識が「その人にしかないもの」に向いていました。それはお客さまに対してだけではなく、一緒に働くスタッフにも同じように思っていました。

 

 

未知なる世界に足を踏み入れる

30代も後半に差し掛かったときに、ホテルの仕事も面白く感じ、一流のホテルマンという目標にたどり着いたという実感を持てるようになったとき、まだ他に自分を活かせるものがあるのではないかと思うようになりました。

 

一流のホテルマンというたどり着きたいところ立てた喜びを感じつつ、そこから見た景色はまだ先があるような気がしたのです。そして何となくいろいろと探し始めるようになりました。やはりそんな想いを持っているときは、タイミング良く自分の欲しいものが出て来るのです。

 

そのとき私には自分が成長するだけでなく、若手スタッフも成長をしてほしいという願いもありました。そこで講演やセミナーに参加していましたが、あるとき人材育成のセミナーに参加したときにコーチングという職業があることを知り、自分で調べるうちに面白そうだと思い、勉強をしさらに学びを深めようと思いワークショップに参加しました。

 

そして参加してみるとすぐに「これだ!」と体が反応しました。頭で理解するのではなく直感で反応したような感覚を今でも鮮明に覚えています。そこからまるで子供が新しいおもちゃを与えて貰ったかのように、コーチングというものにのめり込んでいきました。

 

そうやってコーチングを学んだものをあるときにホテルで働く若いスタッフとの関わりで使ったときに、スタッフの表情が明るくなり、自ら仕事を進めていくようになった瞬間がありました。それを見て、「自分がやりたいのはこれだ!」と感じ、これこそ自分にしかできないものだとも思っていました。

 

人が成長したり、ユニークさを、その人らしさを発揮する瞬間を導き出すことが自分自身の「らしさ」を活かせるのではないかと思ったのです。もちろん不安もありましたがホテルマンの道からコーチングという未知なる世界へ足を踏み入れる決心はほとんど迷いがありませんでした。

 

 

震災ボランティアで聞き書きに出会う

ホテルを辞めてコーチの道を歩んで行こうと思った矢先に東日本大震災が起こりました。何か自分も役に立ちたいと思いましたし、時間だけはありましたのでボランティアに行くことにしました。そこで出会ったのが「聞き書き」でした。

 

被災された方たちの人生をインタビューしてそれを書き起こしてお渡しする「聞き書き」。それをされていたボランティアの方に話しを伺うと、話し手の方は話し始めると震災の事で頭が一杯だったのが、自分の人生には楽しいことや嬉しいことなどもあったことを思い出し顔色も良くなり元気になったそうです。

 

さらにはそれを読んだそのご家族の方たちが今まで知らなかった出来事や想いを知り、家族の絆が深まるということが起こっていました。それを聞いた時に「やってみたい!」という気持ちが起こり、このときもちょうど良いタイミングがやってきました。

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「聞き書き」から「聴き書き」へ

ボランティアで聞き書きをされていた方が、東京で行うと聞いて一緒に同行させてもらいました。そこで目にしたものは、話し手が話せば話すほど忘れていた思い出を思い出し止まらなく言葉が出てきて、表情も赤みをおびてきて何とも楽しそうだったのです。

 

それはまるでわが子を見る親が抱く愛おしさのように自分自身の人生が愛おしいものだと感じているようでした。そしてその愛おしい自分の今までの人生の延長線上にある「未来」も同じように愛おしく明るく見始めたのでした。

 

そのときに私はまた「これだ!」と直感で思ったのです。「人は自分の人生の物語を語ることで、未来を明るく見ることができる。そして未来を明るく見ている「今」がなによりも大事だ」。物語にはそんな力があることを知り、またホテルマンのときのように一人ひとりの願いを丁寧に聴き取っていく関わりこそ、自分のやりたいことだと感じました。

 

そう思った私は、自分のコーチングスキルと合わせて聞き書きを行うことにし、「聴き書き」から「1/70億の物語」と名を改め、自分だからこそのやり方を確立していきました。

 

 

物語の力を使ったコーチングスタイル

人生の物語には自分が大事にしてきた信念や想い、価値観がいろいろな出来事のなかにあります。そしてそれらは未来にとって、自分へのギフトとして活かすことが出来る。そしてそれを感じられるとき「今」が充実したものになる。これは私が行ってきたコーチングの土台となる「答えは自分のなかにある」という概念と全く同じものなのです。

 

そう考えたときに、これを使わない手はないと思い、同時にこれこそが自分にしかできないコーチングスタイルだと気づいたのです。

 

自分の人生を思い返してみると、ずっと自分にしかできないものを追い求めていました。同時にそれは自分にしかできないものが必ずあると頑なに信じていました。その信念こそがいまの自分を創り、そして相手に対して自分が信じてできることなのです。

 

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